ユーザー視点で遺伝子材料等の検査技術開発を手掛ける(飯田研究員)
BRC は、さまざまな業務に携わる職員に支えられています。BRC を構成する 12 の研究室の職員に、研究室での活動や日々の取組などについてインタビューしました。
今回お話しいただくのは、遺伝子材料開発室で研究員を務める、飯田哲史さん。
生命科学研究において最も基本的かつ不可欠な研究材料である遺伝子材料。その検査技術のさらなる向上と効率化を実現するために尽力する飯田さんに、現在携わっている事業への取り組みについてうかがいました。
研究者を志したきっかけと胸に刻んだ“No Challenge, No Future!”の信条
研究者という存在を初めて意識したのは、立花隆氏が利根川進先生にインタビューをして著した『物質と精神』を読んだ中学生のときです。「こんな職業があるんだ!」と感心し、研究者という職業に興味を持ちました。
自分も研究者になりたいと考え始めたのは、時を同じくして叔母が米国に渡って生命科学の研究者になったことからです。身近な肉親の影響を受けて、自分が博士号をとって研究の道に進むのもあり得ない話ではないと思ったのです。実体がない遺伝子の存在を変異体の表現型で想像し、想像したものの実態を捉える遺伝学のすごさに感動して、遺伝学で生命の謎を解き明かす研究者を目指してきました。
“No Challenge, No Future!”
人生で最も影響を受けたのは、ポスドクとして米国に留学していたときのボス(恩師)のこの言葉です。日本でポスドクをした後、アメリカで私は同じ分野のまま2度目のポスドクをすることになりました。いろいろな経験や自負もあったため、ボスと研究テーマについて議論する際もアタマでっかちになりがちだった私に、ボスが放った一言でした。
「挑戦してもできないのでは?」とか「難しいよそのアプローチは……」という“やらないための言い訳”ではなく、目の前の壁を壊すチャレンジをし続けろとハッパをかけてくれたのです。その後、自分が研究分野を変えるときも、ボスの言葉を胸に「これは大きなチャレンジだ」と考え、前向きに取り組むことができました。
遺伝子材料の検査技術と人工染色体ベクターの開発
遺伝子材料開発室では、研究者が開発・発表した遺伝子材料を各研究者に依頼して寄託してもらい、その遺伝子材料を増幅し品質検査を行ったのち保管し、その遺伝子材料の利用を希望する別の研究者に提供するDNAバンク業務を行っています。
ここで私が担当しているのは、遺伝子材料の検査技術開発です。研究者の方々から寄託されたプラスミドなどの遺伝子材料はDNA配列を解析します。それを効率よく検査するための技術を開発し、その技術を実装することがミッションとなります。
さらに、人工染色体ベクターの開発(遺伝子リソースの開発)です。新しい遺伝子材料を開発する試みの一つとして、さまざまな生物・細胞で使用が可能な人工染色体ベクターの開発を行っています。 遺伝子材料の品質検査は、DNAからなる遺伝子材料のDNA配列を決定し、寄託者の情報と一致しているかを確認する作業で、通常、寄託時と提供時の2回行います。これは時間と人的コストを最も要するプロセスで、速く正確な情報を研究コミュニティで共有できることが理想となります。
品質検査の課題となるのが、寄託者自身の持っている遺伝子材料の情報が必ずしも正確ではなく、実際のサンプルが期待されるものと一致しないことです。これを解決するためには、遺伝子材料の正確な全長DNA配列を寄託者と共有し、その情報を公開することで、利用者が判断し易い環境を整備することが重要です。そこで、実際の遺伝子材料の全長DNA配列を取得することができる方法を構築するために、現在高速シークエンサー(※1)を用いた遺伝子材料検査法の開発に取り組んでいます。
遺伝子材料のさらなる品質向上のために
2021年のBRC入所は、それまで大学の助教という立場で研究をしていた私にとって新たなチャレンジでした。私の専門はもともと遺伝学と分子生物学で、染色体を中心に研究してきました。本当に基礎中の基礎という感じです。遺伝子リソースというのはたくさん作るけれども、誰かに使ってもらうことは想定していませんでした。作ったとしてもそれはあくまでも自分の研究のため、自分の知りたい、誰も今まで見ていない生命現象を解析するためです。
DNAバンクという事業があるのは知っていましたが、ユーザー側という意識だったので、事業の運営側に立つことは全く考えていませんでした。自分の作ったものの管理はしていても、一般に作られているものの管理状態や品質などについては深く考えたこともなかったのです。
これまで研究においては、自分以外の人が作ったものを使うことに抵抗がありました。というのも、個人間で提供を受けた場合、要件を満たしておらず自分で作り直したりするケースも少なくなかったからです。正直、リソース事業については実際に関わるまで知識がほとんどない状態でした。
事業に従事するようになって、いろいろな研究者の方から寄託されたものを実際に検査していくなかで、さまざまな管理方法や作り方があることを知りました。寄託者からの情報が正しいかどうかを判定するための検査を行うと間違っているケースも多く、修正して正しい情報を世の中に出さなければならないと気が引き締まる思いでした。第三者の手で品質管理や情報共有をしていくということは、実に重要なことだとリソース事業の価値に改めて気づかされました。
開発を進めている高速シークエンサーを用いた遺伝子材料検査法は、異なるタイプのシークエンサーのデータを組み合わせて解析することで、各シークエンサーが解析不得意なDNA配列も正確に決定できる方法です。遺伝子材料を作った寄託者による配列確認が難しい配列でも決定することができるようになると期待しています。研究者が苦労して作った遺伝子材料を確認するために寄託したくなるような技術として、リソース事業を介した研究者の繋がりを広げるきっかけとなればと開発に取り組んでいます。
今後取り組んでいきたいのは、開発した品質検査法を低コスト・低ストレスで運用できるようにすること。研究経験のない研究補助員でも修得可能な研究技術の開発と、研究補助員の教育にも積極的に取り組んでいきたいと考えています。
- ※1 生物の遺伝情報である糸状のDNAを切ってできた大量のDNA断片を一度に解析し、DNAの塩基配列情報を自動的に読み取る装置。
公開日:2024年12月25日