微生物リソース整備のスキルとそのあゆみを次世代につなぐ(押田専門技術員)
BRCは、さまざまな業務に携わる職員に支えられています。BRCを構成する12の研究室の職員に、研究室での活動や日々の取組などについてインタビューしました。
今回お話しいただくのは、微生物材料開発室で専門技術員を務める、押田祐美さん。
高校時代に面白さを見出した生物学を探究するため、大学では応用微生物学研究室へ。卒業後はBRCで微生物の世界を見つめ続けてきた押田さんに、この仕事についたきっかけ、大切にしていることなどについてうかがいました。
高校2年で出会ったゼニゴケが開いた生物学への扉
今の仕事を始めたのは、子どものころから生物学、微生物に近い世界にいたからだと思います。私にとって生き物や自然というのはずっとなじみ深い存在でした。当時は家の周りに畑や田んぼがまだ残っていて、日常的に生き物との触れ合いがありました。親と散歩に行ってあぜ道で知らない草花を見つけると、「これはなんだろうね」と小さな植物図鑑で調べる、そうしたやりとりが純粋に楽しかったです。
自然科学との距離が一気に近くなったのは、高校2年生のときに生物部に入ったことがきっかけでした。もともとはバドミントンをしていたのですが、その部活仲間が生物部に入るというので、一緒に兼部することにしたのです。
そうして入った生物部では、取り組んだことをレポートにまとめることになっていました。そこで顧問の先生から研究テーマとして勧められたのが、ゼニゴケでした。小さなころ住んでいた家の裏側にもたくさん生えていたので目にしてはいたものの、その生態にじっくり触れたのは初めて。ゼニゴケは繁殖方法に特徴があり面白いので、夢中になって調べたことを覚えています。図書室で牧野富太郎先生の本を調べてレポートを仕上げ、社会人になって高知を旅したときには牧野植物園にも足を運んだことも良い思い出です。
生物部の顧問は生物の先生だったのですが、その授業もとても楽しくて、大学でもっと学びたいと農学部に進学し、応用微生物学研究室に入りました。その後、理化学研究所に勤務されていた大学時代の研究室の先輩に教えてもらい、現在の仕事をすることになりました。
さまざまな業務を通して学んだこと 培った経験は大切に引き継ぎたい
私の所属する開発室では、アジアを中心とした世界中の研究者から収集した微生物株の保存、品質管理を行い、研究コミュニティに提供する活動をしています。現在は3万株以上の微生物リソースを整備しています。
ここで私が担当しているのは、好気性細菌の収集・保存・品質管理、植物防疫法上の輸入禁止品に当たる菌株の輸入・管理の手続きなどです。植物防疫法上の輸入禁止品に当たる菌株の手続きを担当するようになったのは3年前からなのですが、それまではバイオリソース品質管理支援ユニットという部署を兼務しISO9001(※1)に関する業務にも携わっていました。その時期にISO9001審査員補やIATA(国際航空運送協会)の航空危険物判定者の資格を取得させてもらいました。これらに関する知識は、今担当している菌株の輸送等に関わる業務でも役立っています。
BRCではさまざまな業務を担当することを通して、多くの成長する機会を得ました。入った当初はまず、微生物の保存に関わる作業を中心に担当していました。学生時代に乳酸菌の培養はしていたので無菌操作といった基本は知っていたものの、乳酸菌は通性嫌気性細菌(※2)なので現在担当している好気性細菌(※3)とは勝手が違うところもあります。
現場で一から教えてもらい、少しずつ仕事を覚えていきました。当時は自分が一番若く、周囲は自分の親世代に近いベテランの方たちも多かったのですが、温かく接してもらったおかげで、委縮することなく多くのことを学ばせてもらいました。
微生物材料開発室は42年の歴史があり、業務に関することはもちろん、イベントのときはみんなで同じ目的に向かって盛り上がるといった、有形無形、いろいろな財産が代々引き継がれてきていると感じています。これらを伝えて共有していく姿勢は今後も大切にしたいです。
マニュアル以上の判断と備え 自分が大切にしていること
仕事において私が大切にしていることに、「ちょっとした引っかかりを大切にする(無視しない)」「気になったら自分が納得するまで調べる」という二つがあります。
担当している好気性細菌などバイオリソースの品質検査では、マニュアルにはない判断が求められることがあります。マニュアルに沿って行うことは当然ですが、それ以外のことが発生する場面は少なくありません。マニュアル通り検査を進めていても、コロニーの様相が通常とは微妙に違うなど違和感を覚える場合もあります。それは経験と勘から生じるもので決定的なものではないのですが、スルーせずにより細かく見ていくと、やはり本来入っていないはずのものが混入していることがあるのです。明らかな混入の場合は不合格とすれば良いですが、同じ株でもコロニーのバリエーションが生じることもあり、菌株によって判断のしどころは変わってくるので、問題ないと判断することは勇気がいることだなと常々感じています。
基本的に判断はそれぞれの菌株担当者にゆだねられています。そのため、自分自身が納得して判断できるように、周囲に意見を求めたり、いろいろな要素を調べて考察し、ユーザーの方に自分なりの自信を持って誠実に説明できるよう心がけています。こうした部分が仕事の質を支えているのかなと思っています。
微生物材料開発室の歴史のなかで、技術の進化を背景として書類や媒体の変化なども含め、研究室内の業務ルールはいろいろと移り変わってきています。いつの間にか私自身も古株になり、過去を知る職員も減ってきているなかで、なぜ過去の処理がこうなっているのかなど、若い世代に聞かれることも増えてきました。私自身が入所する前の話を先輩方から伝え聞いていることもあります。先輩方が大切に築いてきたこれまでを整理して、これからの世代につないでいくことができればと考えています。
- ※1 会社や組織が提供する商品やサービスに対する顧客満足度の向上を目的とした品質マネジメントシステムの国際規格
- ※2 生育に酸素を必要としない細菌
- ※3 生育に酸素を必要とする細菌
プロフィール
- 押田祐美
- 微生物材料開発室/専門技術員
- 1999年より派遣スタッフとして勤務後、2010年に入所。現在は、好気性細菌の収集・保存・品質管理、植物防疫法上の輸入禁止品に当たる菌株の輸入・管理の手続き等の業務に携わる。
公開日:2024年8月21日