本文へ

BRCについて

高い技術で新規動物モデルを開発 世界初の研究を支える
(廣瀬テクニカルスタッフⅡ)

BRCは、さまざまな業務に携わる職員に支えられています。BRCを構成する12の研究室の職員に、研究室での活動や日々の取組などについてインタビューしました。

今回お話しいただくのは、遺伝工学基盤技術室でテクニカルスタッフⅡを務める、廣瀬美智子さん

アクロシン(※1)ノックアウト(※2)ハムスターの作製を通して世界初の研究をサポート、研究室の新たな展開に尽力する廣瀬さんに、仕事に必要と思われるもの、大変さと面白さなどについてうかがいました。

廣瀬美智子テクニカルスタッフⅡ 写真1

ゲノム編集動物作製の道へ 顕微鏡の前での格闘

遺伝工学基盤技術室は、体細胞核移植クローン技術、顕微授精技術、胚・精子凍結保存、新規幹細胞と新規動物モデル開発の4本柱で、バイオリソース(実験動物および幹細胞)をより高度なクオリティで維持供給するために必要な遺伝関連技術開発を行っている研究室です。また、これらの技術を駆使して生殖に関する研究も行っています。

4つの研究テーマのうち、私が担当しているのは、新規幹細胞と新規動物モデルの開発です。
現在は、新規動物モデルの開発として、ハムスターでCRISPR/Cas9システム(※3)という編集技術を用いたゲノム編集動物の作製に取り組んでいます。

私がこの道に進んだきっかけは、以前の勤務先の筑波大学生命科学動物資源センターでトランスジェニックマウス(※4)やキメラマウス(※5)を作っていたからです。

その後、BRCに入所したのは2004年で、元上司からの紹介だったのですが、こちらに移ってきた当初は、本当に苦労しました。顕微操作は前職でも行っていたので自分ではできて当たり前だと考えていたのですが、今まで使っていた顕微鏡と見える画像が全く異なり、細部を見るときの感覚がなかなかつかめなかったのです。受精卵のなかの核膜に針を通して液を注入するという作業が何度やっても上手くいきませんでした。作業中の写真は俯瞰した平面の状態なのでわかりやすいのですが、実際の作業は3次元、立体に対して行うものなので、ちょっとでもずれるとそれだけでもう全然刺さりません。針が入らない、胚が死んでしまう、そういうことが続き、最初はずいぶん落ち込みました。

廣瀬美智子テクニカルスタッフⅡ 写真2

クローン胚作製は地道に毎日コツコツ
「短期集中的に」が基本

この仕事は同じ姿勢と動きを長時間続けることが多いので、人によって向き不向きはあるかもしれません。体細胞核移植、つまりクローン胚を作る作業は、始まると2時間、3時間とかなり長丁場になります。その間、ずっと座りっぱなし、注入しっぱなしという状態もあるので、まずそれに耐えられることが第一です。

また、数をこなせば必ず慣れてくることなのですが、最初のうちは、何度やっても卵は死ぬし、針は詰まるし……作業はなかなか上手くいきません。

コツをつかむためには、「短期集中的に」が基本です。例えば1週間に1回を半年、1年続けるよりも、毎日同じことを1カ月やり続けるほうが確実に上達します。この仕事で必要とされるものというと、やはり根気。我慢強くできるかどうかに尽きると思います。

「すべては良い結果に結びつくまでの回り道」 ハムスターで実現した世界初の研究

自分の仕事に対していわゆる「面白さ」を感じるよりも、周囲にいる研究者の方に面白さ、興味深さを感じることが多いかもしれません。

私が影響というか衝撃を受けた、元同僚の研究者の言葉があります。「すべては良い結果に結びつくための回り道と信じているから」。実験が全然上手くいかない状況で言っていました。その人は元来ポジティブシンキングの人でしたが、その言葉にとても励まされたことをよく覚えています。

室長のハムスターに対する先見の明と熱意にも感銘を受けました。私たちの研究室ではハムスターを扱っているのですが、これがなかなか大変です。ハムスターの実験動物としての歴史は非常に長く、最初に体外受精が成功したのはマウスではなくてハムスターなのですが、体外受精ができても子どもになるのが本当に難しいのです。

事実、体外受精が最初に成功したにもかかわらず、体外受精によるハムスターの子の誕生はその30年後ぐらいでした。というのも、ハムスターの特殊な胚は培養が非常に難しく、CO₂濃度、温度、光、化学物質などの条件が少しでも合わないと先に進まなくなるのです。

BRCはマウスのリソースセンターですが、所属する研究室では、この取り扱いが非常に難しいハムスターリソースにも着目してきました。マウスでノックアウト(※2)してもどうしても表現型(観察可能な形質)が出ない遺伝子はかなりあるのですが、動物種が違うとまた異なる結果になる可能性は十分あり得ます。室長はハムスターでそれができると考えていました。

哺乳類の受精に必須の精子由来酵素の同定(※6)に至った2020年1月に発表された研究は、室長のその思いが実を結んだものでした。精子の先体に含まれるタンパク質分解酵素の「アクロシン」が受精時における精子の卵子透明帯通過に必須であることを明らかにしたこの研究で、実験動物としてのハムスターの注目度は非常に高まりました。

現在、私は、胚の特殊性のため凍結保存がうまくいっていないハムスターの雌雄配偶子の凍結融解を試みています。雌雄配偶子の凍結融解を成功させ、これまで作製したゲノム編集ハムスターの系統保存を進めていくことが目標です。これまでになかった研究や試みを続ける研究者をはじめとする周囲の人たちとともに、今後も新たな技術開発に取り組んでいきたいと思っています。

廣瀬美智子テクニカルスタッフⅡ 写真3
  • ※1 タンパク質分解酵素
  • ※2 遺伝子操作により特定の遺伝子を欠損(無効化)すること
  • ※3 遺伝情報の狙った部分を正確に切断したり、別の遺伝情報を組み入れたりすることができる精度の高い技術。
  • ※4 外来遺伝子を人為的に導入したマウス
  • ※5 初期胚の中にES細胞などの多能性幹細胞を移植することにより誕生する、2系統のマウスに由来する細胞を含むマウス。
  • ※6 科学全般の用語で、ある対象についてそれが「何であるか」を突き止めること。
プロフィール

  1. 廣瀬美智子
  2. 遺伝工学基盤技術室/テクニカルスタッフⅡ
  3. 2004年入所。筑波大学生命科学動物資源センターでテクニカルスタッフとして勤務後、現研究室へ。現在は、新規幹細胞樹立、新規モデル動物の開発等に携わる。

公開日:2024年7月26日